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境川の歴史

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境川は古くは「高座川(たかくらがわ)」「田倉川」と呼ばれていました。
1600年ごろの記録で「境川」として初めて登場します(ちょうど江戸幕府が成立する数年前のころです)。そのころに、この川を相模国・武蔵国の境界としたためだと伝えられています(「そこは相模ナンバーの国」参照)。

400年前から時代変わって現在まで、境川はその名の通り、行政区を分ける川として存在していますが、それまではむしろ村の中心だったようです。現在でも川を挟んで、町田市と相模原市、あるいは相模原から川下に当たる大和市などに相原・小山・矢部・鶴間など同じ名称が並んでいることがそれを物語っています。言い方を換えれば、これらの地名はそれだけ歴史の長いものだということが分かりますよね。

あばれ川

昔はくねくねと流路が蛇行しており、大雨のたびに災害を招き、そのため「あばれ川」と呼ばれることもあったようです。
近年では整備されていますが、それでも豪雨が降ると見る見る水位を増し、日ごろの穏やかな表情とはうって変わって、被害は出ないもののまさに「あばれ川」の様相を呈します。
右の画像にカーソルを合わせてみて下さい

これを河川整備によって、まっすぐに改修したため、残された流路がそのまま両岸にそれぞれ飛び地として残ってしまいました。
大まかには川を挟んで「東京都町田市」と「神奈川県相模原市」に分かれているのですが、町田市側に相模原市、相模原市側に町田市の一部が飛び地として入り組む場所もあるのです。
以前見たテレビ番組によると、住んでいる土地そのものが町田市と相模原市に分かれており、税などの公的手続きで長年面倒な思いをしているというご家庭もあるのだそうです。

境川の魅力がさらに深まる本、サイトをご紹介します。


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