如何にして私が「上鶴間」や「境川」について調べる気になったのか?
ところで、なぜ私(管理人)が「上鶴間」や「境川」について調べる気になったのか?そう疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。
変な例えですが、私の抱く好奇心は日本に来る外国人のほうが日本人より日本の歴史や文化に興味を持つそれと似ているのかもしれません。実際、私は上京してくるまでは東北のいち都市でずっと暮らし、その世界がすべてだったといえます。上鶴間が同じ日本の町とはいえ、やはりそこは外国の町と同じように"そこで生活できたとしても「知らない町」"なのです。 そもそも「上鶴間」といえば、私にとっては現在の大字地区であり、16号線をはさんで上鶴間○丁目という地区があるのを知ったのはだいぶ後のことで、まして、現在の相模大野周辺も昔は上鶴間だったなんて知るわけも無かったのです。
そんなこんなで図書館などで上鶴間に関する歴史文献を調べていますと、とても興味深い事実が次々と明らかになります。そして不思議なことに、普段何気なく見ていた上鶴間の風景がまるで京都や奈良のような古都に思えてくるではありませんか。
あの神社がどうしてそこにあるかご存知ですか?あの裏道がどうして曲がりくねっているかご存知ですか?
それらには一つ一つ意味があり、歴史があるのです。一個人の力でどこまでひとつの町を調べられるのかは神のみぞ知るですが、今後もわずかづつでも調査結果をまとめていきたいと考えています。詳細については地元の方の情報も頼りです。長年上鶴間に住んでいるからこそのお話、また内容に誤りがありましたらご教授いただければ幸いです。
2003年1月 サイト管理者 デン助